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ゲスト認識と化学反応が同時に起こるときのメカニズムの切り替え

特定の分子やイオンを捕まえることができる分子はホストと呼ばれ,捕まえられる分子やイオンはゲストと呼ばれます。 対象とするゲストの形を識別して捕まえるので,この現象は分子認識あるいはイオン認識として知られています。

物品を風呂敷で包むときの風呂敷の形が物品に合わせて変わるのと同じように,実は多くの場合,ホストはゲストを捕まえる際にゲストに合わせて構造を変化させることが知られています。 これは「誘導適合(induced fit)」(図1A)と呼ばれる現象であり,酵素が基質を捕まえる際にみられるのが代表的な例です。 近年になって,逆の順番,すなわち酵素が構造変化した後で基質を捕まえる例「配座選択(conformational selection)」(図1B)があることも明らかにされてきています。 人工のホスト分子でも,このような「配座選択」の機構で起こっている例があると想像できますが,ゲストの認識と構造変化はごく短い時間で起こることから区別は難しく,ほとんどすべての例で無条件に「誘導適合」とみなして議論されてきました。 ホストが変形するのはゲストを捕まえる前なのか後なのか,という問題は一見して重要ではなさそうにも思われますが,風呂敷のように物品に合わせて変形する(図1A)のではなく,折り畳み式段ボールのように,広げた後ではじめて物品を入れられるタイプのものもあります(図1B)。 このような順番の違いは,場合によって結果に大きな差が出てきます。 ネズミ捕りの場合に,ネズミが入る前に閉じてしまうと,本来の働きをすることができません。

図1. ホスト分子によるゲスト認識の際の二つのパターンのイメージ図
A 風呂敷タイプ(ゲストが入った後に構造変化:誘導適合に相当)B 段ボールタイプ(構造を整えてからゲストが入る:配座選択に相当)

本研究では,反応がゲスト認識と同時に起こるホストとしてコバルトを含む環状ホスト化合物を利用し,「反応」と「認識」の順番を切り替えることに初めて成功しました。 この「コバルト二核メタロホスト」の分子の二つのコバルト上には,あとから容易に置換可能な分子であるピペリジンを四分子導入しています。 また,この分子には,六つの酸素原子によって囲まれた空孔(認識場)があります。 この空孔は,ナトリウムイオンやカリウムイオンなどを認識できるクラウンエーテルによく似た形をしているため,同様の性質を示すと予想されます(図2)。

図2. 本研究で開発したコバルト二核メタロホスト。
中央にゲスト認識場を持つ。二つのコバルト(Co)上のピペリジン(pip)が別の分子に置換される反応が起こる。

実際に,このコバルト二核メタロホストにナトリウムイオンを加えて3時間経過した溶液を分析したところ,確かに予想通りこの空孔内にナトリウムイオンが取り込まれましたが,コバルト上の四つのピペリジンのうち二つが溶媒のメタノールに置き換わっていました。 つまり,ナトリウムイオンを加えたことにより,認識と反応の両方が起こったことになります。 このときのピペリジンがメタノールに置き換わる反応は,酵素の構造変化が瞬時に起こるのと違い,数十分~数時間のタイムスケールで起こるため,途中の変化をスペクトル分析により追跡することで,そのメカニズムを明らかにすることができます。 その結果,途中に生成している化合物は,ピペリジンの一つがメタノールに置き換わって(反応),空孔内にナトリウムイオンが取り込まれた(認識)ものであることが明らかとなりました。

この結果からだけでは,反応と認識のどちらが先に起こっているかは依然として分かりません。 しかしながら,加えるナトリウムイオンの濃度を増大させたときに反応が著しく加速されることが分かったことから,「認識」が先に起こり,そのあとで「反応」が起こっているという結論が出ました。 興味深いことに,ナトリウムイオンの代わりにイオン半径のより大きなカリウムイオンやルビジウムイオンを加えたところ,反応の加速はわずかしか見られませんでした。 このことから,これらのイオンの場合には,コバルト二核メタロホストのピペリジンの一つがメタノールに置き換わる「反応」がまず起こり,その結果生じる分子がこれらのイオンを「認識」していると推測されます。 このように,金属イオンの種類を変えることで,「認識」が先か,「反応」が先かを切り替えられることを見いだしました(図3)。

図3. コバルト二核メタロホストのゲスト認識に伴う配位子置換反応。
ナトリウムイオンの場合,ゲストを捕捉した後に配位子置換反応が起こる(右上:Recognition first)。カリウムイオンおよびルビジウムイオンの場合,配位子置換反応が起こった後にゲストが捕捉される(左下:Reaction first)。

本研究成果は,有害物質の除去や,望みの場所に薬剤を送達する技術の開発ための重要な指針となるとともに,特定の物質を検知して動き出す分子機械の部品としての活用も期待されます。


[Reference]
“Switching of Recognition First and Reaction First Mechanisms in Host–Guest Binding Associated with Chemical Reactions” Sakata, Y.; Tamiya, M.; Okada, M.; Akine, S. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 15597-15604.
doi:10.1021/jacs.9b06926