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入り口を閉じられる分子の「カゴ」

我々の日常生活において多くの場面で「容器」を使うように,分子の世界にも「容器」,すなわち「分子のカゴ」があります。 分子のカゴの内部は,外部とは隔てられた特殊な環境であり,一般的に,内部へのゲスト分子の取り込みと放出は遅い過程です。 ここで,ゲストが永久に閉じ込められたままであるか否かは,カゴの開口部の大きさとゲストの大きさの相対的な関係によって決まります。 開口部を状況に応じて開閉できる機構をもつ分子があれば,機能性物質の保存・運搬のために有用な分子となると期待されます(図1)。

図1 フタができる容器は我々の日常生活でもたくさんあるが,分子サイズのカゴでこれを実現できるだろうか。
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我々は,金属・配位子間の配位結合の可逆性が高いことを利用し, カゴ構造の開口部に二官能性の配位子(架橋型配位子)を導入して開閉することにより,ゲストの出入りを制御できる機構を創出することを目指しました(図2)。 二官能性の配位子は,カゴ骨格を壊さずに導入する必要がありますので,配位結合の生成条件下でも丈夫な有機カゴ骨格を使う必要があります(図3)。

図2 配位結合により入口を閉じられるカゴ型分子のコンセプト
図3 フタを閉じられる分子のカゴのアイディア。カゴに(1)四座配位部位を導入,(2)そこに六配位金属を導入,(3)空いたサイトを使って,金属間を架橋することで開口部を閉じる。
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その意味で,我々の開発したtris(saloph)型カゴ型配位子H6Lは有用です。 このsaloph四座配位部位に六配位の金属イオンを導入すれば,各金属の軸位にさらに二つの配位子を導入できます。 これにより,カゴの開口部に二官能性配位子を導入できます。 この二官能性配位子は,隣り合う金属イオン間を架橋して開口部をふさぐことができますので,カゴ内部へのゲストの取り込みや放出を抑制することができます(図4)。

図4 配位結合により入口を閉じられるカゴ型金属錯体の分子構造

本研究では,導入する六配位金属として,d6低スピンのコバルト(III)イオンを用いました。 コバルト(III)イオンは一般的に置換不活性で,配位子交換が遅いことが知られています。 つまり,これによりカゴ構造の開口部に,有機カゴ構造に影響を与えることなくジアミン配位子をしっかりと保持することができます。 実際,架橋配位子として1,6-ヘキサンジアミンを三分子導入した「閉じた」カゴ型錯体 [LCo3(hda)3](OTf)3は,収率よく得られました。 同様の方法で,「開いた」カゴ型錯体[LCo3(MeNH2)6](OTf)3も合成しました。 この「開いた」カゴ型錯体は,hda配位子との反応により,簡単に閉じることができ,[LCo3(hda)3](OTf)3へと変換できました。 閉じたカゴ[LCo3(hda)3]3+の結晶構造解析の結果, コバルト間を架橋するhda配位子がカゴの開口部を効果的にブロックしている様子が明らかとなりました(図5)。 それでも,カゴの中央部には,ゲスト包接に十分なスペースが残されています(図6)。 空孔の周囲で三つのコバルト(III)イオンと三分子のhdaが27員環を構成しており, この空孔は,ピボットの二枚のベンゼン環および六つのフェノキソ酸素原子によって囲まれています。

図5 カゴ型メタロホストの結晶構造(側面図)。動画中で点滅している部分がジアミン(hda)分子。 カゴの開口部をきれいに隙間なく閉じている様子がわかる。
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図6 カゴ型メタロホストの結晶構造(上面図)。断面図をみると,分子の中央部には,分子認識に十分な大きさの空間があることがわかる。 動画中で点滅しているのがジアミン(hda)分子。
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カゴに導入した「フタ」の効果を調べるために,まず,「開いたカゴ」のゲスト認識について検討しました。 ホストはCs+選択性 (Cs+ > Rb+ > K+ >> Na+) を示し, ゲストイオンの取り込み・放出はいずれの場合も速やか(数分以内に完結)であることがわかりました。 Cs+取り込み/放出の速度定数 (k+, k) は, k+ > 4 M–1s–1, k > 2 × 10–4 s–1と見積もられます。 次に,「閉じた」カゴ型錯体における架橋ジアミン配位子の,Cs+, Rb+の取り込みのブロック効果について検討しました。 この場合,カゴ錯体[LCo3(hda)3](OTf)3に5 eq のCs+を加えても, 1 h以内にはほとんど取り込みは起こりません。 非常に変化は遅く,50 h経過後に,ようやくCs+包接体の比率が40%に達しました。 取り込みの二次速度定数 (k+ ≈ 2 × 10–3 M–1s–1) は, 「開いた」錯体の少なくとも2000倍は遅くなっています。 取り込んだゲストの放出についても同様の抑制効果が見られました。 このように,「閉じた構造」をつくることで,カゴ構造内部へのゲストの取り込みの速さを3桁以上も低下させることができました(図7)。 カゴ構造の開閉機構は,取り込んだ分子を必要な時に放出して必要な場所で使用するために重要と考えられます。

図7 カゴ型金属錯体のゲスト取り込み。「開いた」カゴは速やかにゲストを取り込めるが,カゴをジアミンにより「閉じる」ことで,ゲストの取り込みを効果的に抑制できた。


[Reference]
“A Metallo-molecular Cage That Can Close the Apertures with Coordination Bonds” Akine, S.; Miyashita, M.; Nabeshima, T. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 4631–4634.
doi:10.1021/jacs.7b00840