RESEARCH TOPICS
らせん反転のON/OFF:
分子認識を使ったヘリシティー反転速度の制御
らせん構造の右巻き・左巻きが平衡状態にあるなど相互変換可能なものは,「動的らせん構造」として知られています。 このような動的らせん構造のうち,左右がエナンチオマーの関係にあるものは,通常,右巻き・左巻きが1:1の確率で存在します(図1 左)。 このような動的らせん構造がキラルな物質と相互作用すると,左右の存在確率に偏りが生じ,どちらかが多く存在するようになります(図1 右)。
さて,キラルな物質を取り除いても「キラルな情報:ヘリシティーの偏り」を覚えたままにしておくことはできるでしょうか。 この場合,何も仕掛けがないなら,そのキラルな物質を取り除くとその「キラルな情報」は失われてしまい,再び1:1の混合物に戻ってしまいます(ラセミ化)。 ヘリシティーの偏りを保持しておくためには,左右の存在比が偏った状態で,左右の巻きの相互変換(ヘリシティー反転)を止める何かの仕掛けが必要です。 そのような仕掛けとして,カゴ型のらせん型分子へのゲストの取り込みを利用してみました(図2)。 設計した分子は図3の通りです。 この分子は,三つの平面型ニッケル(II)錯体部を二枚のベンゼン環でつないだカゴ型構造をもちます。 剛直なトリフェニルベンゼン骨格により三重らせん構造をとると予想されます。
実際,結晶構造解析により,この錯体が予想通り三重らせん型のカゴ型構造をとっていることがわかりました(図4 左)。 また,空孔内に各種ゲストを取り込むことができ,特に,グアニジニウムイオン(H2N)2C=NH2+ との会合が非常に強いことがわかりました(図4 右)。
さらに,キラルなアンモニウム塩を加えると,左右の巻きの存在比に偏りが生じることも明らかとなりました。
従って,設計したニッケル三核錯体は,(1)キラルアンモニウム塩の認識によりヘリシティーが偏ること,(2)グアニジニウムを非常に強く捕捉できることが明らかとなりました。
そこで,キラルアンモニウム塩の認識によりヘリシティーを偏らせ,そこでグアニジニウムにゲスト交換を行ってみました。
その結果,ゲスト交換が速やかに(半減期12秒以下)起こっているにもかかわらず,ヘリシティーが保たれていることがCDスペクトルから明らかとなりました。
長時間放置すると徐々にCD強度は減衰していきましたが,その半減期は2200秒程度であり,グアニジニウムを認識することでヘリシティー反転が180倍以上遅くなっているということがわかります。
このように,ゲスト交換により,ヘリシティー反転を大幅に抑制することに成功しました(図5)。
動的なヘリシティー変換を使った機能化において,ヘリシティーの偏りについては,偏りの大きい方が優れているといえますが,
ヘリシティー反転速度がどうあるべきかという議論は,一律に速い方が良い/遅い方が良いという単純なものではなく,状況によって変わってきます。
たとえば,キラル情報をインプットする場面では,速やかに望みのヘリシティーになるのが望ましく,反転速度は速いのが良いということになります。
一方で,キラル機能を発現させる場面では,偏ったヘリシティーが消えてしまっても困りますので,反転が止まってくれた方が良いということになります。
その観点から考えますと,本研究における分子のように状況に応じてヘリシティー反転をON/OFFできるシステムは,この要求を満たすものとして大変有意義なものと考えられます。
[Reference]
“Perfect encapsulation of guanidinium ion in a helical trinickel(II) metallocryptand
for efficient regulation of helix inversion rate”
Akine, S.; Miyashita, M.; Piao, S.; Nabeshima, T.
Inorg. Chem. Front. 2014, 1, 53-57
(invited article in the first issue of this journal).
doi:10.1039/C3QI00067B