金沢大学理工学域物質科学類科学コース 理論化学研究室

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物性研究のための固体NMRの新規解析法の開発

 固体NMR法は物質中の局所構造やダイナミクスの解析に極めて有効です。図は固体中のダイナミクスのタイムスケールとNMRの測定法を示したものです。NMRからは広いダイナミックレンジで分子やイオンの運動を調べることができますが、分子運動の詳細な情報を得るためにはNMRの様々な測定法に対して、シミュレーション解析を行う必要があります。そこで、物質の複雑な構造やダイナミクスから生じる特異的性質を調べるためには、NMRの測定法とともにシミュレーションプログラムの開発が重要となります。新たに開発した測定法についてのシミュレーションプログラムの作成はもとより従来の測定法においてもこれまでのシミュレーションプログラムでは十分な情報が得られないことも多く、目的に応じたシミュレーションプログラムを自作しています。固体NMRの解析法の開発では、特に重水素NMRのシミュレーション解析法の開発を行っています。

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NMRの測定法と分子ダイナミクスのタイムスケール

研究例

2H 広幅NMR スペクトルによる常磁性物質中の分子ダイナミクスの解析法の開発

 常磁性イオンの効果および分子ダイナミクスの寄与を厳密に取入れた重水素NMRスペクトルのシミュレーションプログラムを開発し、常磁性物質中のdisorder状態の解析を可能にしました。図は[Fe(D2O)6][SiF6]と[Ni(D2O)6][SiF6]の重水素NMR広幅スペクトルです。[Fe(D2O)6][SiF6]と[Ni(D2O)6][SiF6]は類似の結晶構造を有していますが、[Fe(D2O)6][SiF6]には水分子のdisorderが存在し、[Ni(D2O)6][SiF6]には存在しないことがX線・中性子線回折の実験から分かっています。この[Fe(D2O)6][SiF6]のdisorderが、disorderのサイト間の飛び移りを伴うdynamic disorderか、飛び移りを伴わないstatic disorderかは回折法で明らかにするのは困難です。これらの化合物の重水素NMRスペクトルの線形は大きく異なります。金属イオンからの常磁性効果を厳密に取入れた重水素NMRスペクトルのシミュレーションから、[Fe(D2O)6][SiF6]において、水分子はdynamic disorder状態であることがわかりました。

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強い常磁性効果を受けた2H 広幅NMR スペクトルのシミュレーション解析法の開発

 強い常磁性効果を受けた重水素NMRの広幅スペクトルから電子状態や分子ダイナミクスの情報を得るため、重水素の周りの多数の常磁性イオンのシフトや緩和への寄与を厳密に取り入れた重水素NMRスペクトルの解析プログラムを開発しました。図は[Mn(D2O)6][SiF6]結晶における重水素NMRのスピン-格子緩和時間(T1)の角度変化(θは磁場と結晶の3回軸とのなす角)とスペクトルの温度変化の解析結果です。T1の角度変化は常磁性緩和の理論式で解析できました(赤線)。この試料でMn2+は電子スピンの量子数はS=5/2です。この大きなスピン量子数のため非常に強い常磁性効果をNMRに与えます。このため、この試料のプロトンNMRの信号検出は極めて困難です。このような非常に強い常磁性効果が存在する試料においても、重水素NMRの測定は可能で、開発した重水素NMRスペクトルのシミュレーション解析法によって錯イオンの3回軸周りの回転や水分子の180°フリップなどの速さを決定することができました。

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常磁性物質における2H MAS-NMRスペクトルのシミュレーション解析法の開発

 試料を磁場に対してマジック角(54.7°)だけ傾けて高速回転させて得られる、重水素のMAS-NMRスペクトルはスピニングサイドバンドのシャープなピークの束で観測されます。常磁性効果や分子運動を厳密に取り入れた重水素のMAS-NMRスペクトルのシミュレーションによって、常磁性試料中の分子運動の解析を広いダイナミックレンジで可能にしました。グラフは重水素NMRスペクトルの解析から得られた分子運動の速さをアレニウスプロットしたものです。黒丸は試料を回さない通常の広幅スペクトルの解析から得られた結果、青丸はMAS -NMRスペクトルの解析から得られた結果です。このようにMAS NMRスペクトルからは広幅スペクトルでは分子運動の情報が得られない速度領域で分子運動の情報を得ることができ、広幅NMRスペクトルとMAS-NMRスペクトルを併用することにより、広範囲の分子運動解析を行うことができます。

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常磁性効果を利用した二次元2H MAS-NMRスペクトルの測定法とシミュレーション解析法の開発

 これまで、官能基の違いによる重水素NMRスペクトルの分離は行なわれてきましたが、この方法は同じ水分子や官能基を常磁性イオンとの関係の違いで分離します。図はSm(NO3)3・6D2O結晶の重水素二次元MAS-NMRスペクトルの温度変化を示します。スペクトルの縦軸は等方性シフト、横軸はスピニングサイドバンドスペクトルを表します。常磁性試料のフェルミのコンタクトシフトを利用して結晶中の配位水と結晶水のスペクトルを分離することができました。図の上段はそれぞれ293 K、223 Kでの実測スペクトル、下段はシミュレーションスペクトルを示します。シミュレーションより、低温で配位水の180°フリップが遅くなることによってスペクトルに急激なブロードニング生じることがわかります。これに対して、結晶水は低温でも速い180°フリップが起こっています。これらの運動性の違いは、結晶水は配位水に比べ結晶中での束縛が弱いという結晶内の局所構造を反映しており、この解析法が配位空間の構造とダイナミクスの関係を明らかにする有効な手段になると期待できます。

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複雑な分子運動に対応した2H NMR二次元交換スペクトルの
シミュレーション解析法の開発

 重水素NMR二次元交換スペクトルは非常に遅い運動(103 Hz以下)を観測する測定法です。混合時間(tmix)の間に分子運動が起こると、その運動モードおよび速さに対応した交差スペクトルが現れます。複数の分子運動が同時に起こったときの重水素NMR二次元交換スペクトルのシミュレーションプログラムを作成し、複雑なダイナミクスの解析を可能にしました。図は[Zn(D2O)6][SiF6]の重水素NMR二次元交換スペクトルです。実測スペクトルは水分子の180°フリップと[Zn(D2O)6]2+の3回軸周りの回転を考慮したシミュレーションで解析することができました。

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